《第8話》 【優等生戦】 前編《第8話》 【優等生戦】 前編中学3年 クラス委員選挙があった。 投票の結果、俺と、優秀な女の子が、得票数が同数だった。 その当時の、その土地の、風潮では、男子の最高得票者が委員長になり、女子の最高得票者が副委員長になるというのが、通例だった。 普通、男子のほうが、女子より得票数が多いため、すんなり、正副委員長は決まったものだ。それが、今回、女子と同数ということが、問題だ。 俺は、2年生の3学期に、委員長だったが、ほかに、トシヒコという、生徒会役員をやっていた子がいた。 俺の、成績は、40人中10番以下程度だし、たぶん、男子の方が、票が割れたということだろう。 それは、いいのだが、正副の委員長をどうやって決めればいい。 担任の先生に「くじびきで決めたほうがいいですかね」と聞くと 「くじびきでは、まずいだろう。あとで、ふたりで話し合って決めといてくれ。先生には、その結果だけ、報告してくれればいい」 ふーん。 で、ふたりで話し合った。 もともと、クラス委員なんて、やりたいとは思ってもいなかったし、前の学期に、俺が委員長をやったから、今度は、おまえがやれよと女子に譲ろうとした。 その子は「でも、女が委員長やるなんて、聞いたことないし・・・」 古いな。 「今は、男女平等の時代だぞ。関係ないよ。しかも、内申書が、委員長と副委員長では違うぞ」 「それはそうだけど」 やっぱりそうか。優等生は成績だけじゃなく、内申書も気になるか。たいへんだね。 「じゃ、決まりだな。おまえが委員長、俺が副委員長」 「ちょっと、まって、あたし、委員長の仕事、できないもん」 「委員長の仕事って?」 「学級会の司会とか・・・」 「できないかぁ?・・・じゃあ、それだけは、俺がやってやるよ。“起立、礼、着席”ぐらいはできるだろう」 「それだって、女の言うこときくかなぁ」 「きかせるんだよ、 男女平等の時代だって言ったろ」 「うーん、きいてくれるかな」 「だいじょうぶだよ」 おんなを説得するのは、むずかしい。 餅を焼いてるみたいだ。やわらかくなるんだけど、べとべとになるか、硬くなりそう。 委員長が決まると、その他の委員の選出。選挙管理委員とか図書委員とか・・・あとは忘れたけど。 先生に「クラス委員やってる人は、他の委員は、やらなくていいんですよね」と聞くと、 「いや、べつにかまわないだろう」 って、なんだ、それ、やばいよ。 図書委員なんてやらされたら、交替で図書室の本の貸し出しの管理なんか、やらなくちゃならないだろうよ。 そういうことなら、先手を打って、選挙管理委員をやっちゃおう。 2年生の時やってたから、知ってたけど、選管は、生徒会役員選挙が終わると、あとは、仕事がないからね。 というわけで、「まず、希望者があれば、手をあげてください。選挙管理委員をやりたい人」と、自分で言って「はーい」と、自分で手をあげて、「はい、ひとりしかいないようなので、決定です」と、自分で決めた。 この、選挙管理委員が、あとで、火種になってくるとは知らずに。 つぎは、生徒会役員立候補者の選定。 その当時、自分から、進んで、立候補する人はいなかった。 優等生倶楽部の仲間入りしたいとか、内申書に書かれる関係から、ひそかに、役員になりたがっていた子は いたらしいが。 クラスから、男子と女子各1名を、投票で選んで、生徒会役員立候補者としていた。 2年生の時は、トシヒコが選ばれてたので、まさか、俺には、まわってこないだろうと安心していたら、選ばれた。 まずい。委員長と選挙管理委員と生徒会役員か。3冠制覇などと喜べることではない。 ただただ、めんどくさい、わずらわしい。 が、このことが、他のクラスの一部にも伝わり、たいして勉強もできないくせに おもしろくねぇやつだと、感じる優等生もいたわけだ。 掲示板に、生徒会役員立候補者の名前が、張り出された。 とうぜん、俺の名前もある。 これで、万が一当選でもしたら、生徒会役員もやらなくっちゃなんないのかよ、と思うと、重い気持ちになった。 ある日、野球部の練習で、グランドにいたとき、担任の先生が呼んでいるというので、職員室まで、行ってみた。先生とトシヒコがいっしょにいた。トシヒコは、いつになく緊張している感じだ。 先生は、いつもの感じで話し始めた。 「実はなぁ、今度の生徒会役員選挙で問題があってな。選挙管理委員が立候補するのは、まずいんじゃないか、という話がでたんだよ。」 言われて、はじめて気がついた。たしかにそうだ。 ただ、俺の、頭の中では、その話は、いったいどこから出たのかというのが、一瞬気になった。?先生なのか?生徒なのか?それとも、この先生が考えたのか?、それとも、ここにいるトシヒコか?。 トシヒコにしてみれば、2年生の時、生徒会役員をやっているし、3年生の時に、無冠では、内申書がよくない。 ただ、トシヒコは、少し、優等生タイプの受身の性格をしているので、自分で考えて行動を起こすとは、思えない。親が動いたか、バックの優等生が動いたか。 人間は、危機が迫ると、短時間にすごいスピードで頭が動くみたいだ。 外から見ると、ボーっとして、目だけがクルクル動いてるように見えるんだろうが。 俺が、黙っていると、先生が続けた。 「それでなぁ、生徒会役員の選出で次点だったトシヒコとゆうじで、選挙管理委員と生徒会役員のどっちかをやってもらおうということになったんだ。それで、まず、本人の希望を聞こうということなんだ」 なるほど 「わかりました」 これで、役はひとつ降りられるということだ。 いいことじゃないか。 先生が、作り笑顔で言った。 「どうだ、まず、ゆうじが、どっちをやりたいかを、聞くのが筋かなと思ったんだが・・・」ふーん、自分では、どっちをやりたいかは決まってるけど。 やっぱ、怠け者の俺としては、選挙管理委員だよね。 生徒会役員選挙さえ、やっつけちゃえば、あとはなにもないんだから。 でも、俺は、そんなこと、どうでもいいんだけどという感じもしてたので、トシヒコの意思を聞いてみようとした。 「トシヒコは、どっちがやりたいんだ?」 「俺は、どっちでもいい」 そんな答えだろうとは、思っていた。 役員立候補は、投票で決まったもの、選管委員は、投票で決まったものではない、だから、選管委員にまわるよとは言わないわけだ。 ということは、トシヒコは、生徒会役員をやりたがっていると、判断していいだろう。 それを、トシヒコは言わずにいる。 先生は、生徒の判断にまかせている。 ということは、俺が、意思表明すれば、この話は決まりだ。 「俺が、選挙管理委員にまわります。もともと、自分で希望してたものなんで・・・」と、先生に言った。 「それじゃあ、おまえが、選挙管理委員で、トシヒコが、生徒会役員ということでいいんだな」 「いいです。それで、お願いします」 職員室を出て、グランドに戻った。 外で野球部の練習に汗流してる方が、よっぽどいい。 大会も近いことだし、固いことやむずかしいことを、ごちゃごちゃこねまわしてる暇はない。こっちは、いろいろといそがしいんだ。 掲示板の立候補者のリストが、俺の名前の上に、トシヒコの名前を書いた紙が、重ねて貼られた。 考えすぎか、思い過ごしなら、これで、敵の思う壺だな。 俺を、優等生仲間から、締め出すことに成功したわけだから。 こっちだって、そんな仲間に入りたくはなかったけどね。 他のクラスの友達からは「なんだよ、名前なくなっちゃたな」などと、ひやかされたが 「ああ、あれでいいんだよ、最初からあれでよかったんだけどな。よけいなことするやつらがいるから、悪いんだよ」と、答えていた。 同じ頃、選挙管理委員会が召集された。 当然、俺は、そちらに出席した。 1年生から3年生まで、各クラス男女1名ずつが、集まっていた。 そこに、ミカが来ていた。 「なんだ、おまえも、選挙管理委員に選ばれたのか?」と、聞くと 「選ばれたんじゃないです。自分で決めたんです。先輩と一緒です。」 「よく知ってるな、俺の話」 「えー、みんな知ってますよ」 すると、他の女の子が「あんまり、しゃべっちゃだめっていわれてるでしょう」と、口をはさんだ。 ふーん。よく、わかんない。 ミカは、俺の同級生の妹で、はじめて会ったのは、俺が中学1年、ミカが小学5年のときだった。 その頃から「おにいちゃんは、誰か好きな子はいる?」などと言う、やんちゃな子だった。 そのミカが、入学当時、俺のところへやってきた。 俺は、ただ、少しおおきくなったなと思っただけなんだけど、ミカは、確実にパワーアップしていた。 「先輩は、いま、つきあっているひとはいますか?」ときた。 「・・・もし、いないっていったら どうするんだ」 「もし、いないんなら、私とつきあってください」 積極的というか、気が強いというか、まいっちゃうね。 俺は、わがままなせいか、その前も、その後も、自分が気がないのに、女の人から好かれても、つきあったことは、一度もない。 「悪いけど、今、女の子とつきあう気はないんだ」と言った。 もったいない気もするが、それでいいと思ってる。 選挙管理委員が集まって、まずやることは、選挙管理委員長を決めることだ。 俺は、逃げてよっと。 みんなは、3年生から選ぶような話をしてるな。 3年生が集まって、相談することになった。 ふーん、そうなんだと しらんぷりしてよ。 すると、「やっぱ、委員長は、1組から選ぶのがいいんじゃないか」などと、話してる。 まてよ。1組ってことは、俺じゃねぇかよ。 「おい、ただ、1組だからって理由で決めるのはおかしいんじゃねーか」 「じゃ、どうやって決めたらいいって いうんだよ」 3組のやつか。なかなか、つっぱるじゃねーかよ。 「そんな決め方するなら、じゃんけんのほうがいいよ。そのほうが、公平だ」 「委員長をじゃんけんで決めるのは、まずいだろ」 うるさいね。 「じゃんけんがだめなら、あみだにしよう」 じゃんけんもあみだも、たいして変わらないような気がするけど、俺が選ばれる確立が、低ければいい。 「だれか、紙と鉛筆ないか?」と、声をかけると、2年生の女の子が「ありますよ」と、ノートと鉛筆を持ってきた。 そこは、家庭科の授業などで使う被服室というところで、紙と鉛筆などないはずだ。 「よく、持ってたな」 「だって、大事なことがあれば、メモするから、ノートを持ってきたんです」 その2年生の子は、あたりまえのことですと言いたげだ。 俺には、メモをとるなんていう高尚な習慣なんてないけど。 「まじめなんだな」と言うと「ふつうですよぉ」と言う。 そうか、それが普通なのか、俺もちょっと考えなくっちゃなんないかな。 まぁ、いいや。今はあみだくじが大事、とノートに書こうとしたら、 「やっぱり、ゆうじが委員長やれよ」と言うやつがいる。 なんだよ、やっぱりって。しかも、命令口調で。 「なんでだよ」そいつは、一度下を向き、ためいきをしながら、俺のほうへ向き直った。 「自分で気がつかないか?おまえは、さっきから、じゃんけんにしようとか、あみだにしようとか、みんなをまとめようとしてただろ。それから、おまえが、“紙と鉛筆持って来い”って言ったら、下級生が動いたろ。やっぱり、おまえがやるべきだ」 そいつと、にらめっこしながら、ちょっと考えた。 1組の人間にやらせようだとか、いまのこいつの発言から、どうも、最初から、おれに委員長をやらせようと思ってるな。 なぜだ。 俺には、推測でしかないんだけど、今回の候補者の交代劇は、先生や生徒を通して、全校的に知れ渡っているらしい。 どういうふうに伝わって、どう思ったかをよく知らないのは、俺だけらしい。 委員長をつっぱねる理由がない。 「わかった。やってもいいんだけど、俺がやると言うわけにはいかないんだ。3年生全員が、“おねがいします”って、頭を下げたら、やってもいい」 「なんで、そんなことしなくちゃなんないんだよ」 「・・・別に、いばってみたいわけじゃないんだ。その逆だよ。3年生全員がたのむということなら、受けてもいい」 ミカが首をつっこんできた。 「そういうことです。そういうひとなんです」ませた小娘だ。 「おまえは、いいから、あっちに行ってな」 「えー、だって・・・」 「いいから・・・」 「ハーイ」 ながい返事だ。 3年生は、「わかった。頭下げて、たのもう」 「よろしく、おねがいします」と、全員が、深く頭を下げた。 俺は、本当にするかなと思いながらも「わかった、やるよ」と、引き受けた。 このことで、みんなは、俺に委員長をまかせる、とか、やらせるという気持ちではなくて、ぜひ、やってほしいという思いなんだと感じた。 でも、まだ、なぜと思う。 その日は、立会演説会や投票箱の準備の話をして終わった。 全校生徒が体育館に集められて、立会演説会が行われた。 俺の仕事は、立会演説の後で、投票に際しての注意事項を言うこと。 ためにもならず、おもしろくもない演説が、事務的に続くなか、ステージのそでに入った。 そこに、ミカともうひとりの女の子がいた。 女の子は、なぜか、ふたり組みで行動することが多い。 しかも、メインの子とサブの子で。 この場合、メインはやっぱり強気のミカちゃんのようだ。 「おまえら、ここでなにやってんだ」 「だって、先輩が演説するから、ついてないと」 「俺は、演説はしないの。しかも、ついてないとって、なんなんだ」 「だって、心配だもん、ねぇー」と、ふたりで顔を見合わせている。 「心配って、俺がか?」 「そうです」とふたりそろって、キッとした顔してる。 俺は、こんなちっちゃい子から、心配されてんの?。情けねぇ。 「だいたい、おまえら、ここにいていいのか?ほんとは、みんなと演説聞いてなくちゃならないだろ」 「いいんです。選挙管理委員だから」 「そっちの子は?」 「この子は、お手伝い」 笑っちゃうな 「ふっ、・・・同じクラスの子なのか?」 「そうです」 「なかよくしろよ」 「だいじょうぶです。誰かみたいに、裏切ったりしないから」 と言ってから、あっと言って、ちっちゃいのがふたりで顔を見合わせた。 ふーん、俺の知らないところで、俺がらみの噂が流れているらしいな。 立候補者全員の演説が終わり、俺の出番が来た。 古い話で、恐縮だが、ちあきなおみの“四つのお願い”という歌が流行っていたあとだったので、それを、利用させてもらった。 ステージの上に立った。 「えー、選挙管理委員会から、四つのお願いがありまーす」会場が、どっと沸いた。 別に、固く事務的に話しても、よかったのだが、人に話を聞いてもらおうと思ったら、最初に、興味と注意を惹きつけておくのがいいと、少し、やわらかくした。 「まず、ひとつめのお願い・・・」と、四つのお願いを言った。 細かい内容は、忘れてしまったが、ひとつだけ、これは確実に言っておこうというのがあった。 うぬぼれかもしれないが、立候補者からはずれた俺の名前を、投票用紙に書く生徒がでるとみたので、立候補者名簿にない名前を書いたら、無効票になる旨はっきり伝えた。 会場から「なんでだめなんだよ」などと、野次ともつかぬ発言が聞かれたが、無視した。 最後に、「以上、四つのお願い、よろしくお願いします」と締めた。 会場が、また、どっと沸いて「おまえの演説が、一番よかったぞ!」などと言っている。 俺のは、演説じゃねぇよ。 ステージのそでに降りると、そこに、立会演説を終えたシゲカズがいた。 シゲカズは、常に成績が学年トップ、というより、県でも1・2番を争う秀才を超えて天才と呼ばれた男。 今回の生徒会長候補筆頭だ。 1年生の時、同じクラスだったのだけど、俺とは、なぜか、気が合わなかった。 その日も、シゲカズは、背の低いサブの男の子といっしょにいた。 ミカ達と、なにか言い合いをしているようだ。 なぜ、シゲカズがここにいる。 降りていって、シゲカズに「おまえたち、ここでなにやってんだ。演説なら終わったろう」と言った。 シゲカズは、顔をゆがめて「じゃあ、こいつらは、いてもいいのかよ、そんなの、おかしいじゃないか」と、ミカ達を指差している。 「こいつらは、いいんだよ。選挙管理委員なんだから」 「そんなの、なんだかわかんないな。だいたい、あんな演説したって、しょうがないんじゃないの」 よいこの優等生は、親にも先生にもしかられたことがないから、ちょっと指摘されたくらいで、興奮状態か。 「俺のは、演説じゃないよ。そんなに気になったか」 シゲカズは、口をとがらして「気になんかならないよーだ」 勉強は、おとな並なんだけど、頭のどこかの部品が子供だな。 急に、シゲカズの視線が離れて、表情が険しくなった。 おどおどしているようにも見える。 どうも、俺の後ろにいるミカ達を見ているようだ。 なんだ?と思って、振り返って見ると、ミカ達は、ネズミをねらうネコのようなするどい目つきでシゲカズをにらんでる。 なるほど。 よいこの優等生は、女にきつくにらまれると困っちゃうか。かわいそうに。 ミカ達に言った。 「おまえたち、やめろ」 「だって、こいつ」 「いいから、やめろ、おまえたちの敵じゃない」 ミカ達の視線が俺の方へ向いたのを、きっかけにするように、シゲカズが 「敵じゃないってどういう意味だよ」と言ってきた。 なるほど、女のきつい視線がはずれたので、元気がでてきたか。 どうでもいいけど、後ろから前から、うるさいんだよ。 「どういう意味だよって、そういう意味だよ。敵は、俺だけだからな」というと、急に、とぼけて、 「敵だとか、見方だとか、全然わかりませーん」と言って、その部屋から出ていく。 いつもシゲカズにくっついている、サブのコバンザメも「わかりませーん」と復唱して、出て行く。 それを見送って、ミカがガッツポーズをしている。 「やったー。先輩。今のは勝ったんですよね」 なに?勝ちたかったのか。 「あんまり、うかれてるなよ。もう、ひと勝負ありそうな気がするから」 ミカ達は、「もうひと勝負あるんですね。それじゃ、気を引き締めないと」と言って、キッとした顔をしている。 丸顔でちっちゃい体がふたつ、真剣になってるところが、かわいくて たまらなかった。 「おまえたちは気を引き締めなくていいの。俺が、引き締めればいいんだから」 「えー、私達はいいんですかぁ、つまんない」 「つまるとか、つまんないって、問題じゃないんだよ。さぁ、帰るぞ」 「はーい」 体育館を出て、それぞれの教室にもどった。 その二日後の放課後、選挙管理委員会で開票作業が行われた。 俺は、2年生の時の経験の他に、新しく、集計の方法を考えた。 3年生が投票した分については、2年生が、開票する。2年生の分は、1年生が、1年生の分は、3年生が開票する。しかも、男子が開票集計したものは、女子がチェックをし、女子が開票集計したものは、男子がチェックする。 「俺達、信用されてないってことですか」という声もあったが 「選挙管理委員の私情が入らないように、公正にするためだ」と、説明し、納得してもらった。 次は、無効票の扱い。 立候補者の名簿にないものは、当然、完全無効。 字が読みにくいものは、保留にしておいて、あとで再検討する。数人で見て、誰かのものと判別できれば、有効票とする。 白紙のものや、よほどふざけて書いたものでなければ、無効票とはせず、くみ上げるという方針。 集計が進み、あとは、無効票の処理となったころ、2年生の男子が、俺のところへ寄ってきた。 「あのー、名簿に載ってない名前は、無効なんですよね」「そうだよ、それは、完全に無効」「それが、山崎先輩の名前が書いてあるのが、けっこうあったんですよ」と、何枚かの投票用紙を見せた。うーん、俺が、立候補者以外の名前は書かないようにと言ったのが、逆にあおる事になっちゃったのかな。 「それは、何年生のだ?」 「2年生のです」 ミカも、こっちに寄ってきた。 「1年生の中にも、ありますよ。ほら、こんなに」と、投票用紙を、ひらひらやっている。 うれしいと言えばうれしいのだが、なぜ?という疑問が解けない。ただ、もちろん、俺の票は、無効だけど。 「この票は、どうします。山崎さんが持ってますか?」 「俺は、いらないよ。無効票として、数えといて」 「それでいいんですか」 「いいよ」 集計が終わり、字がうまい子に、おおきな紙に、結果を書きこんでもらった。 よし、終わった。 「それじゃ、これで、選挙管理委員会の仕事は終わりです」 ミカの声だと思う。「えー、もう、終わりなの」 おとなだったら、それくらい勉強も熱心にやればいいのに、と言うんだろうな。 「あとは、俺が結果発表するだけです。みなさん、ごくろうさまでした」と言うと、 「ごくろうさまでした」という声と「おねがいします」という声が混じった。 発表用のおおきい紙を持って、選挙担当の国語の先生のところへ行った。 集計方法などを、一通り説明すると、先生は「普通、そういう風にするか、問題なんじゃないのか」と、俺の顔も見ずに言った。 二日酔いで、機嫌が悪いのか、生徒に対して“問題になるぞ”と、おどすのが好きなのか。 俺には、効果がないとも知らずに。 この先生は、シゲカズの担任だった。 「おとなの選挙も、だいたい、こんな風にして、決めてると思うけど」と、やや興奮して言った。 先生は、「あーん?」と、顔だけ俺のほうを向き、眼鏡の奥から、にらみつけてきた。 俺も、負けずに、にらみかえした。 なんだよ、俺が決めてやることに、文句があんのかよ。 なぜだか、“あんたのうしろには、校長や教育委員会や文部省がついてんだろうけど、俺のうしろにも、下級生を中心に何人もの生徒がついてんだよ。 負けるわけには、いかねぇんだよ”という気持ちだった。 しばしのにらみあいのあと、先生が「わっかった」と言った。 この先生とは、何度か にらみあいになったことがあるが、先生の方が先に折れたのは、後にも先にも、この時だけだった。
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